My elder sister is tomboy.
自分の姉はヤンチャだ。 奴と改めて友達になったと言われ、少々咎めはしたけれど、強く言いはしなかった。自分でも不思議だったが、祝福というよりは諦めといった方が正しい。
奴はそんな自分の想いを見透かしているのか、たまに意味深な笑みをこちらに向けてくることもある。真意はわからない。
でもわかろうとはしない。 思えば、姉は昔からヤンチャだった。少し変わっているところもあった。 ’
魔術小学校から帰宅後、姉はすぐさま遊びの約束だからと言って公園に駆け出して行ってしまった。 家にいても当時することが無かった自分は姉についていくのが日常で、その日もいつものようにそうしていた。
緑いっぱいの自然公園。地元では1番広くて、大きな木もちょっとした湖もある、みんなのいこいの場所。 そこを奥へ奥へと進んでいった先が、約束の場所だった。 遊具もベンチもない、ただの草原だからか、人はあまりいなくて走り回りやすかったんだ。 夕日が草をあたためている。なにもないが、穏やかな場所だった。
「えーやだー!私、絶対リーダーがいいー赤がいいー!!」
ヘトヘトになりながらも辿り着いた先で、姉は不満を顔いっぱいに広げ大声をあげていた。
遊び相手は同級生の少年3人。女友達もいないわけではなかったが、今以上に当時ヤンチャだった姉は男友達と遊ぶことが多かった。 恋愛より冒険ものが大好きな姉と、波長が合ったのかもしれない。 その同級生のリーダーが語気を強めて言い放つ。
「ダメだねー!戦隊もののリーダーは男だからな!アリシアは女だし、悪い奴にさらわれる女でいいじゃん!心配しなくてもリーダーの俺が助けてやるって!」
「やだよー!そんなのつまんないよー!」
「な、なんだとー!ワガママいうなよ!!」
「あ、あのさ…じゃあ、アリシアは緑か桃色やる?一緒に戦えばつまんなくないだろ?」
「やだやだ!両方攻撃魔術ないもん、私じゃなくてユリアでいいもん!」
この言葉がナイフのように心に刺さったことは今でもしっかり覚えている。どうせ姉は覚えていないけれど。 もちろん今こういうことを言われたりはしない。さすがの姉だってデリカシーくらい覚えたんだ。それに子供は良くも悪くも正直なもの。
ただ、体力無かったうえにようやく追いついたら喧嘩していてさりげなく自分の気にしていることを言われたとしたら、結構傷つくのは想像にかたくもないだろう。
「うるさいー!せっかく一緒に遊んでやってんのに!」
「やってる?遊んでやってるってなに!?」
「な、なんだよ!そんなにリーダーがいいんなら、魔術でオレを倒してみろ!」
「はぁ?バカなこと言わないでよ。大人がいないと攻撃魔術は使っちゃいけないでしょ!」
「はっ、怖いのか?女にオレが負けるハズねーもんなー!」
「!……言ったね?」
他の少年たちはどんどんヒートアップしていくおさえたりなだめたりと静かにさせようと頑張っていた。頑張っていたが意味が無い。ここで大人の1人でもいたら注意されて終わっていたのかもしれないが。
姉はヤンチャだった。それでいて勝気でもあり、挑発されれば容易く乗る面もあった。 ここまできてしまえばこの展開は逃れられないだろうと、疲れた自分は草っぱらに腰をおろす。喧嘩中の2人から視線をはずせば、夕焼けで伸びる2つ分の影が風に揺れているのが見えた。 魔力の流れを感じたのか鬼気迫る二人に恐怖を感じたのか少年2人は、なだめるのをやめて後ろに引きさがる。 賢明な判断だ。小学生が使う魔術なんて、滅多なことでは大怪我はしないだろうが痛いものは痛い。 20分くらいで勝負はついた。
派手な効果がなかったから他の人達に見つかることもなかったのか幸か不幸かどちらだったかな。 特に苦戦したという様子もなく、姉が勝利した。そういえば通知表の魔術の項目はほとんど「よくできました」で、よく先生に褒められると以前自慢していたような気もする。 姉は得意げな笑顔で、対する少年は悔し涙を浮かべる程だった。そんな彼に追い打ちをかけるかのように姉は挑発していたが、自分はというと正直なところ相手に同情していた。 当時幼いながらに彼がどうしてあそこまでムキになっていたのか、その心情を察していたからだ。
けども、姉がずっと笑顔でいられたかのいうと、そうじゃない。この話にはちゃんとオチがある。 少年の友達は頭がよくまわるというか、常識的な子だったようで、勝負がはじまったあとコッソリ親を呼び出していたのだった。しばらく経って、少年と、姉と自分の母親がやって来た。 そこからはもう雷展開だ。二人は自分の子どもをこっぴどく叱り、相手には平謝りをしていた。もともと喧嘩をふっかけたのは相手だけど、こうなるのも無理はない。許可書も無く攻撃魔術を使用するのは大人でも禁じられているし、魔術学校に通っている場合でも特別な大人がいなければ普段魔術を行使はできないのだ。 見つかった場合、あの二人は憲兵にも厳重注意されていただろう。子供だからって武器を振り回していい理由にはならない。 言うべきことはキッチリ言い終えて、姉を引き連れ母は足早に家に帰っていった。この時間はまだ開店中、つまり店を抜け出してきたんだろう。
帰宅して、閉店後に懇々と両親からまた注意されていた。 普段温厚でなかなか怒らない父も、
「魔導師になるならルールを守らなければならない」「自分の身を守る以外の理由で、人を傷つける魔術を使ってはいけない」
と静かに言い放っていた。 姉は二人の前では心底反省したような素振りを見せていたが、自室に戻ると
「私、悪くないもんねーだ!ねーユリア、喧嘩吹っかけてきたのはアッチじゃない!」
「そうだね……」
「お父さんもお母さんもああ言ってたけど、絶対謝らないわ!ぜーったいに!!」
頬をふくらます姉の姿に、幼いながらも幼稚だと感じたのは言うまでもない。
ただこの姉の言う通りにはならず、翌日の教室にて向こうの少年が真っ先に謝罪してきたので「わ、私も言い過ぎたし…」と言っちゃったらしい。少年の友達が教えてくれたが、大変姉はしどろもどろになっていたので面白かったとのこと。
それからは今まで以上にみんなと仲良くなったし、二人は性別は違うとはいえ親友とまで呼べる仲になっていたけど、数か月後彼は転校していった。確か、親の仕事の関係で、だった気がする。 でもまぁ、それまでの間は結局ずっと姉がリーダー役になれたわけだし、あの喧嘩の意味が全く無かったということはないのかも。
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そうだ。姉は昔でも、魔術によって自分の気持ちを通そうとしたことがあった。 それは強い魔術師――魔導師になるためには、必要なことなのかもしれない。 結局、姉なら大丈夫だろうと思ってしまう自分がいた。
「あ~、そんなこともあったね。懐かしいなぁ~………あ、その話、ミッシェルくんには内緒よ?」
「なんで」
「だってからかってくるに決まってるじゃない。いつものように、穏やかそ~~な笑顔を浮かべて『アリシアさんって今も昔も残酷なんですね★』とか言ってくるに決まってるのよ、あのひと!」
「………くん付けしてる」
「あっ!もう、油断したらすぐこれね。気をつけなきゃ…また弄られる…」
公演後の劇場を掃除しながら、姉は困ったようにつぶやいている。
――…弄られたりからかわれること以上に酷い惨劇になりそうなのに、そこは気を付けないのか。 でももし、彼は本当にそういう感想を言うのなら、それは当たっていると思う。結局今に至るまで、姉はあの少年の気持ちに気付かないままだったのだ。 転校する日に二人きりになった時間もあったらしいが、姉は彼に向かって言ったのは……うん、やめておこう。あまりに彼が可哀想。
自分の姉はヤンチャだ。 成長していくにつれて大人しくなっていったと両親は言っていたし、自分も同感だった。髪を伸ばしていたときはもしかしたら淑女にでもなるのかと思った時期もあった。 けどもそれは表面的なもので、フタを開いてみればこの展開。
もはや破天荒の領域だけれど、今日も自分は暇なので、姉の後ろを行くのである。
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